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コメ農家と書店
いわゆる「コメ農家」と書店は、なんだか似ている気がした。

なぜか。いずれも、利益が出しづらい構造にあり、零細な店舗が著しく数を減らす一方で、大型店舗のみが残っていき、そのうえ外圧(TPPだか海外産の安いコメとか、Amazonとか電子書籍とか)に晒されていて、「厳しい」と内外から論が噴出しているからだ。

利益率を上げようとしても文化的・構造的な問題があって出来ず、またそれだけで食べていかれないような農家は、兼業に走る。

そうまでして何故コメ農家は、残り続けなければならないか。それは、経済的な側面ではなく、文化的な側面が大きいのだと、あちこちで言われている(ような気がする)。

それはそれで同意見だが、やはり経済的に成り立たないと、継続性に欠け、文化の存続も危うくなるように思う。このあたりは地方の商店街における論においても、同様な意見が出ているのを見かけたことがある。

いずれにしても、それを守りたいと思う人が、ちゃんとそのジャンルにお金やアイデアを投資して、経済的に成り立つようにしていくのが望ましいが、Amazonの便利さにはかなわないし、コメも、大多数の人は安い方を買う。

それにしても、コメ農家に対しては、様々な方策が考えられていたり、実行されている。コメ農家を補助する方策が、すなわち、セーフティーネットを兼ねているような話も聞いたことがある。

一方で、書店においてはそのようなものを聞いたことが無い。それは、書店というものは経済的に成り立つことが当然である、という意識があることに他ならなく、「書店」という存在が、文化的に必要なものとは認知されていないことの証左であるかもしれない。

書店の数など、コメ農家の件数に比すれば大した数ではないから、一律に補助を行っても大した額には成らないし、とは思うが、まぁネット書店の類やコンビニがあれば、もはや書店が街に無くとも困らないというのが本音だろう。

個人的には、場としての書店という文化は、文化的な生活を営む上で必要不可欠だと思っているが、そう思う人が多数ではない故に、こういった現状になっているのだろうと思う。

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| ホン | 04:46 PM | comments (0) | trackback (x) | murari |
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