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針が無くても、穴を開けなくても
ちゃんと止められる。そう、「Harinacs Press」ならね!

・・・これが言いたかっただけ。

というわけで、久々の更新は、アタラシ文房具のご紹介。圧力で紙を留める、ハリナックス プレス。「今度出るらしい」という噂を聞きつけ、さっそく文房具屋で入手してきた。
ハリナックス プレス

大きさは、こんな感じ。(たまたま近くにあった某Pカードとのサイズ比較)
ポンタカードとのサイズ比較
ポンタカードとのサイズ比較2

手に持つと、ずっしりとした重量感。通常のステープラーよりも、かなり重たい。
手に持ったサイズ感

しかし、圧力で紙は本当に留まるのか? これまた、たまたま近くにあった測量野帳(⇒過去記事)のページを留めてみた。測量野帳は、ちょっと厚手の紙なので、果たして。

・・・グッと力をこめると、すんなり留まった。
すんなり留まった

そして意外と(失礼)ちゃんと留まっている!
ちゃんと留まる
こんなにちゃんと留まる

「擦れば取れる」というのもウリらしいので、外してみたが、割としっかり擦らないと取れないので、なかなか頼もしい。まぁ、そうでないとすぐ外れてしまうので、当然と言えば当然だが。

普段、職場でステープラーやゼムクリップ等々、色々紙を留める機会があるけれど、留めた資料が増えてくると、やっぱり留めた部分が厚くなっていく。また、当然シュレッダー等で処分する時は、芯を外す手間もかかる。

もちろん、枚数は止められないし、針で止めるものより保持力が劣るのは間違いない。でもある一定の条件だと、抜群の使い勝手だと感じた。

惜しむらくは、圧力で留める都合上、やはり若干力が必要だ。たくさん留めると疲れるレベルだと思う。たぶん、戦略的にこのサイズを選んだのだろうけれど、もう少し大型で軽く止められるタイプがあったら良いかなと。
あと、1,100円(本体価格)は、やはりちょっと値段が高く感じる。もちろん、針代は掛からないけれど。


燃料代(針)は掛からないけど、ちょっと値段が張って、走行距離(綴じ枚数)は少な目。まさにステープラー界の電気自動車リーフのような存在、ハリナックスプレス。本日(2014年10月22日)発売です!(これも言いたかった)


ハリナックスプレス コクヨS&T
http://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/sl-stapler/press5.html

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| イツモノ | 10:11 PM | comments (x) | trackback (x) | murari |
三浦半島における南北間の降雪量の差異雑感
先週、そして今週末と大雪に見舞われているわけだけれども、その雑感を記しておく。

2月8日(土曜日)の大雪だが、三浦半島という狭い範囲でも、積もり方や雪の残り方にわずかな地域差が見られたような感がある。まず、三浦半島で最も積もったのがどうやら南寄りの三浦市のあたり。2月11日(火曜日)に引橋を通ったのだが、相当残っていたし、通行止めになっていた期間も長かったようだから、恐らく相当量降ったのだろう。次に多く感じられたのが逸見や田浦の谷戸の間。横須賀中央もそれに準ずる程度の量が積もったようである。そして一番少なかったのが、その間にある久里浜・大津あたりである。

そもそも関東平野で雪が降るのは南岸低気圧が八丈島の南寄りを通過して、北風が吹き込んで、かつ雨雲がかかる程度の距離である、と、いくつか条件が整った場合が多い。しかし、今回はそれとは若干毛色が違ったように思われる。南岸低気圧が雨雲をもたらしたのは違わないが、そもそもかなり強力な寒気が居座っていたようで、気温が圧倒的に低かった。また、今週末などは南岸低気圧は八丈島の北寄りを通る予測で、本来なら南風を引き込むため暖かくなるはずなのだが、その前に居座った寒気と発達した低気圧の影響で大雪を降らしてしまったらしい(どうやら軽く検索してみたら、1986年2月19日も同様の条件で大雪だったようだ)。

つまり、先週末の件は、南に行くほど雨雲の本体に近づくため、三浦市で多かったのだろうと思う。加えて、引橋のあたりは若干標高が高く(三浦市の最高地点だ)、気温や降水量の点で若干補正が出来るように感じる。そして、野比のあたりまで同じような量が続き、尻摺坂を越え、平作川が形成した平野部に入るあたりになると若干降雪量が少なくなる。雨雲との距離が離れたことが要因として考えられる。間に横たわる北武断層が作った丘陵に風が当たったことにより、南側斜面により多く雪が積もり、そのため、より強くそのように感じたのかもしれないが。そしてさらに北上すると、若干の気温の低下によって降雪量が再び若干多くなる。

このように、三浦半島を南北に見た場合に、久里浜には若干雪の少ないエリアがあり、サンドイッチ状に降雪量の違いがあったように感じられたのである。実際にこういうことを明らかにしようと思ったら、出来る限り同時刻で積雪深と気温、そして風向を調査したいものだけれど、そういった調査の経験もなく、また身に着けたところで20年以内に再び起きる大雪を待てるほど、興味が持続しないのが悩みどころだ。

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| ヨコスカ | 12:01 AM | comments (0) | trackback (0) | murari |
「わたしのノラネコ研究」 山根 明弘 著
先日読了した 「わたしのノラネコ研究」山根 明弘著 が良かった。おそらく小学生高学年向けぐらいのフリガナの振り方であったけれども、扱っている内容はまさに「研究」で、著者の動物相手の研究の原点を記したものだ。

内容は、ノラネコを相手に調査する方法(おそらく小学生の自由研究を意識して書かれている)と、実際に著者がノラネコの島で何を調査して、何を明らかにしたのかというもの。だいぶ前に「カラスの教科書」 をTwitterで紹介したけれど、これの猫版と言っても良い。

研究のメインテーマとしては、「体の大きく強い猫が、果たして本当に多く子孫を残しているのか?」というもの。確かに交尾は間違いなく強い猫が多いのだけれども、生まれている子孫は実はそうではなかったりと、予想外の展開。図表も非常にわかりやすい。

理系の研究って、どうしても難しいものと捉えられることが多いけれど、この猫の本といい、カラスの本といい、実はテーマ設定は非常にシンプルだったりする。特に動物相手は根気のいる研究だけれど、明らかにする意義はなかなか大きいし、面白そう。

まぁ、小学生向けということで、内容の割に値段が・・・という感は若干しなくもないけれど、動物相手の研究の面白さを感じさせる一冊。

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| ホン | 12:24 AM | comments (0) | trackback (0) | murari |
トイレのおばちゃん
最初に言っておくけれど、僕自身はフェミニストでも、男女共同参画論者でも、女尊男卑論者でも、男尊女卑論者でも無いけれど、性別と職業で気になっていることがある。それが、タイトルにも書いたように、よくトイレの清掃業務をあいているおばちゃんの存在である。

無論、僕は彼女らの仕事を奪いたくてこういうことを言うのではない。ただ、やはりおばちゃんが男子トイレにいると、とても気になる。というか、殆ど「イヤ」という感情に近いものだと思う。感情の話だから、どうこう理論付けできるものではないけれど、逆に女子トイレの清掃業務を、おじちゃんがやっていることをあまり見かけない(場所によっては、時々いるけれど、マイナーな存在だと思う)のを考えると、感情論だからと言って無視されるものではないと思う。

女性専用車両しかり、「イヤ」と思う人が居ると、それが考慮されるのが世の中の流れだと思うけれど、それが、正直言って男性側で配慮されるのを、あまり見かけないのは、統計的に男性はそこまで気にしないからなのだろうかね、とも思う。

でも、僕自身は気になる。社会や文化との、若干の乖離を感じる。

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| イツモノ | 12:43 PM | comments (0) | trackback (0) | murari |
Webサイトは死んだ
Webサイトは死んだ。死んでしまったのだ。

・・・

ここ(murapple.com)をどうにかしないとなあ、とぼんやり思っていた。完全に放置プレイの状態であって、そのままにするのは心地が悪いし、かと言って消し去るのは忍びないと。どうにか、新しい形に変貌させられないだろうか、と思っていた。ところが、考えれば考えるほど、今の僕がこのWebサイトをどうにかすることは、難しいように思えてきたのだ。

なぜなら、睡眠時間を削ると生活に影響が出てしまうし、そもそも時間や根気も過去の自分から比べると圧倒的に足りていないのだ。そうなると、手間がかからないようなサイトを構築しなければいけない。

一方で、Webサイトをこのまま維持をすることが、そもそも必要なことかどうか、という思いがチラついた。全世界に向けての発信なんて、文字数が多くなければ、Twitterがあれば事足りてしまう。これだけフローで流せるSNSが発達した現在では、ストックとして発信したいことが無いと、Webサイトの存在価値なんて無くなってしまう。

僕らがWebサイトを愛したのは、情報を発信すること以上に、そこにフローでやり取りをする交流があって、そこにコミュニケーションが存在したからだ。いまではそれは、Twitterを初めとするSNSに取って代わられてしまった。掲示板やチャット、ブログのコメント、トラックバックなど、それらは既に、mixiとは比較にならないほど「オワコン」となってしまった。

コミュニケーションの手段としてのWebサイトは終わった。種々存在した個人のウェブサイトやブログは、段々とその舞台をSNSへと移してゆき、逆に、アクティブな状態にある個人のWebサイトは、ソフトウェア開発者のサイトや、写真や漫画を公開するなど、表現のためのWebサイトだけになった。

・・・

そうすると、表現のためのWebサイトは、間違いなく手間がかかるから、今の僕にはできないかもしれない。では、そうであるならば、過去の残滓として、このままを残置しておくのも、一つの手段かとは思う。

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| イツモノ | 12:44 AM | comments (0) | trackback (0) | murari |